我々動物の運動・行動は、外界および体内からの各種情報を参照しながらおこなわれているが、これら情報の「ボトムアップ」経路として重要な位置を占めているのが脊髄上行性伝導路である。本研究は、ニワトリ胚をモデル系として、新たに開発した部位選択的遺伝子導入法と軸索標識プローブを用い、これらと、時期・細胞種選択的遺伝子発現制御法を組み合わせることにより、これまでほとんど手つかずであった脊髄からの各上行路の伸長・経路選択・標的認識機構を明らかにするとともに、神経回路網形成の分子機構を解析していくための新たなモデルシステムの構築をめざすものである。本年度は、本研究計画のために開発した、単体節に限局した遺伝子導入を可能とする電気穿孔法の有用性を確認し、誰でも一定の訓練により習得できるよう、技術習得手順の標準化をおこなった。ついで、脊髄各部位からの上行路形成過程の記述をすすめ、まず、仙腰部LS2体節より発する前脊髄小脳路・後脊髄小脳路の伸長開始から標的に到達するまでの全過程の詳細な記述を完了させた。前脊髄小脳路は、HH23に底板を通過後、背側と腹側の主として2つの経路を上行し、HH30で延髄へと進入した。その後、背側を通る軸索群は腹側を走るものの一部と共にHH33までに形成途上の小脳へと進入し、小脳発生の進行と共にII-III葉虫部へと投射していた。腹側を通る軸索の大部分は上髄帆へと進入し、そこにとどまった。同側を上行する後脊髄小脳路は、遅れて伸長を開始し、背側の経路を通って延髄に進入し、ここで背側と腹側の2経路に別れ、前脊髄小脳路と同様に、背側の経路をとる軸索が小脳に、腹側を走るものは上髄帆へと進入していた。これら解析結果は、今後の命子機構解明に向けたリファレンスとして重要であるのみならず、脊髄上行路を構成する伝導路について、その形成の全過程を視覚的に明示したものとしては、知りうる限り初めての報告である。
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