我々動物の運動・行動は、外界および体内からの各種情報を参照しながらおこなわれているが、これら情報の「ボトムアップ」経路として重要な位置を占めているのが脊髄上行性伝導路である。本研究は、ニワトリ胚をモデル系として、新たに開発した部位選択的遺伝子導入法と軸索標識プローブを用い、これまでほとんど手つかずであった脊髄からの各上行路の伸長・経路選択・標的認識機構を明らかにするとともに、神経回路網形成の分子機構を解析していくための新たなモデルシステムの構築をめざすものである。脊髄は頸部・上腕部・胸部・仙腰部と、その機能領域を大きく4種に分けることが出来るが、本年度においては、先年度明らかにした仙腰部LS2を発する上行路の形成過程に加え、頸部C7・上腕部C14・胸部T4をそれぞれ発する上行路の形成過程の詳細な記述を完了させることにより、発生初期における脊髄上行路形成過程の全体像について、その詳細を初めて明らかにすることができた。その結果、全ての上行路について、同側を上行するものは背側の経路を、対側を上行するものは背側および腹側の経路をとり、それぞれ背側を上行するものの一部が小脳に侵入し、前脊髄小脳路(対側)・後脊髄小脳路(同側)を形成すること、とれに対して、小脳への投射領域は起始核の存在位置によりそれぞれ特徴的に異なっていること、さらに、頸部・上腕部を発する軸索群は、それぞれ独立に上行していくのに対して、胸部を発する軸索群は、上腕部を上行する過程で、後からやってくる仙腰部を発する軸索群と足並みを揃え、同時に延髄・小脳へと侵入することなどが明らかとなった。特に、最後に記した知見は、脊髄上行路の形成は巧妙に制御されており、脊髄は、従来考えられていたような単なる軸索の通り道ではなく、その走行を制御する機構をも同時に有した精妙な組織であることを示している。
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