昨年度までに、トンネル電流を用いて、DNAを構成する4つの塩基分子の識別に成功した。得られた単分子コンダクタンスと塩基分子の電子状態計算から、得られるトンネル電流のメカニズムを考察したところ、塩基分子の最高占有軌道(HOMO)の準位を電子が通過するトンネル伝導機構が、支配的であることが示唆された。そこで、グアニンとシトシンとわずかに電子状態が異なり、現在の計測法では検出が困難な2つの化学修飾塩基分子(Oxo-グアニンとメチル化シトシン)の1塩基識別を行った。量子化学計算から、グアニンとOxo-グアニン、シトシンとメチル化シトシンのHOMOのエネルギー準位の差は、0.1eVであることが示唆された。Oxo-グアニンとメチル化シトシンがそれぞれ、母体塩基分子より高いHOMOのエネルギーを持つため、得られる単分子コンダクタンスの順は、Oxo-グアニン>グアニン、メチル化シトシン>シトシンと予測された。微細加工機械的破断接合を用いて、これら4つの塩基分子の単分子コンダクタンスを計測したところ、予測通りの単分子コンダクタンスが得られ、単分子識別に成功した。 また、新しい1分子検出・識別技術を探索するため、単分子の電流計測で得られる電流ノイズの性質を調べた。単分子の電流-電圧曲線から、電流ノイズを抽出したところ、単分子の構造情報を与える非弾性トンネル分光と同様なスペクトルが得られた。理論計算と非弾性トンネルスペクトルから、得られた電流ノイズスペクトルを解析したところ、電子と分子振動が相互作用する電圧で局所加熱が生じ、その結果、電流ノイズが発生することが分かった。これは、電流ノイズスペクトルにおいてピークを与える電圧が、単分子の分子振動エネルギーに対応することを意味しており、電流ノイズスペクトル計測は新しい1分子解析技術になると期待される。
|