中米の現代および古代先住民集団の遺伝的多様性の解明を目的として、メキシコ中央高原のテオティワカン遺跡、および中米各所の古代遺跡から出土した古人骨試料(計100余体の骨片・歯牙)を入手し、そこからDNAを抽出後PCR法によりミトコンドリアDループ領域のDNAを増幅し、その全塩基配列を決定した。さらにそれらの塩基配列データをもとにして、中米の古代先住民の集団遺伝学的系統分析を行った。中米遺跡由来の人骨試料については、これまでに我々の研究グループが経験している日本(縄文・弥生)や中国(股王朝)の試料に比べて、DNAの質的な劣化が進み、その分析には予想以上に困難を極めた。そのため、DNAの抽出精製方法やPCRの条件などを再検討することにより、約30個体のDNA型判定を行うことができた。その結果、テオティワカン集団の個体の中に、コーカソイドにその起源を有すると考えられており、新大陸では北米の先住民に数パーセントの頻度で見られるに過ぎないハプログループXが僅かながら存在していることが明らかになった。これは古代の中米地域にアジアの系統の先住民が入り込んでいたことを示す画期的な知見と考えられた。一方、メキシコの遺伝的に保存性の高い現代先住民の3集団からDNAを採取し、性行為などの接触感染を主経路とする病原ウイルスとして代表的なB型肝炎ウイルス(HBV)の検出を行った。そのうちの1集団である、マサウア族25個体では5個体からHBV-DNAが検出された。また、これらのHBVの遺伝子型を決定したところ2個体がGenotypeA、3個体がGenotypeCのクラスターに分類された。マサウア族におけるHBVの陽性率(20%)はメキシコ国内の感染率(3.3%)に比べても有意に高く、また遺伝子型も中米に圧倒的に多いGenotypeFではなく、欧州やアジアで多頻度のGenotypeAおよびCが認められたことは集団遺伝学的に興味深い知見と考えられた。
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