本研究では,氷やイオン結晶および炭素系物質表面における水素分子の吸着状態を詳細に明らかにするとともに,水素分子の形成とオルトーパラ転換機構の解明を目的として研究を行った. これまで研究を進めてきたAg表面での水素分子の吸着状態とそれが核スピン転換に与える影響に関して,実験と理論考察を行った.水素分子は質量が小さいため,物理吸着状態では回転運動を保持し,量子回転子として振る舞い,さらに表面ポテンシャルの影響で回転状態の縮退が解ける.回転状態を弁別した熱脱離スペクトルを測定し,エネルギー分裂幅が7.5meVであることを明らかにした.一方,磁気量子数が0の状態は,カートホイール回転に相当し,核スピン転換に有効であることが理論的に示されている.吸着水素分子が安定化したJz=0の状態を占有することで,スピン転換が促進されることを理論的に示した. ナノ孔を持つNaClに,水素分子を吸着させると誘導双極子の影響で赤外吸収が観測されることを見いだしてきた.今回,新たに酸素分子および二酸化炭素分子の誘導双極子効果を実験的に調べ,水素分子と比較検討を行った.水素分子では誘導吸収強度が小さいにもかかわらず,振動数シフトが大きいことを明らかにし,その原因について考察した.またナノチューブに吸着した二酸化炭素については,スペクトルが非対称な反吸収様の形状を示すことを新たに発見した. 分子形成実験を行い,その内部状態を共鳴イオン化法を用いて測定し,反応温度に比較して回転状態が強く励起されていることを見いだした.共鳴イオン化法と相補的なレーザー誘起蛍光法について,新たにHD分子での実験を行い,緩和寿命の回転状態依存性を実験的に明らかにした.
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