蛋白質チロシンキナーゼは細胞外環境からの情報が細胞内シグナルへと変換される際に必須のシグナル分子である。代表者は多様なチロシンキナーゼに共通する主要な基質としてDok-1を発見した。これまでの研究から、代表者らが独自に発見したDokファミリー分子であるDok-7が神経筋シナプスの形成に必須のシグナル分子であることや、Dok-1/2が造血系細胞の活性化シグナルの抑制因子として造血・免疫システムの恒常性の維持に必須の役割を果たしていることを明らかにしてきた。本研究はこれらの研究成果を背景に、生体高次機能の制御を司るシグナル伝達機構に新たな概念を賦与しつつ、その全容の解明に貢献することを目的としている。 我々は昨年度の研究を通じてアダプター分子であるDok-7が神経筋シナプスの形成に必須の受容体型チロシンキナーゼであるMuSKを細胞内から直接活性化する、言わばMuSKの細胞内リガンドとして機能することを発見した。しかし、生体においてはMuSKとDok-7の存在下でも神経筋シナプスの形成不全をもたらす様々な遺伝子変異が知られている。そこで、本年度は、これらの遺伝子変異をもつマウスにDok-7の過剰発現を誘導することでそれらの変異とMuSKの活性化、並びに、その下流の現象である神経筋シナプスの形成との関連を検討した。興味深いことに、それらの実験の中にはDok-7/MuSKシグナル以外の重要なシグナル系の存在を示唆するものがあり、現在、その分子機構に関する研究を進めている。なお、MuSKの共受容体であるLrp4の機能解析の過程で、病因自己抗体が不明の重症筋無力症例の一部にLrp4の機能を阻害する自己抗体を発見したことは特筆に値する。また、他のDokファミリー分子に関する研究では、Dok-4~Dok-6に関する独自の解析系の構築を進めると共に、Dok-1/2/3の骨髄系細胞における協調的な増殖抑制機能の存在を確認し、それらが個体における恒常性の維持に極めて重要であることを明らかにした。
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