研究概要 |
文法化と超越性という人間言語に特有で普遍的な性質に着目して言語の起源と進化について構成論的アプローチを用いた研究を行うため,本年度は格表現という文法的機能が表現できる認知モデルを開発した.まず,文法的機能表現はコミュニケーションにおいて話し手と聞き手の間で意味を完全に確定できないという問題を解決するために創発したという仮説を設定した.たとえば,「太郎・花子・好き」という文では,格の情報が欠落しているため,「太郎が花子を好き」なのかその逆なのかが不確定になる.格という文法的機能はこのような問題の解決手段として現れたと考える.一方,これまでのモデルでは,客観的・外的状況を「意味」として天下り的に与えていたため意味の不確定性は生じない.この点を改善するために,ある外的状況から別の状況への操作を意味とし,複数の操作により状況間遷移が可能になる(状況変化の意味が多重に解釈可能である)ようにした.また,これまでの研究で,言語ルールを拡大適用する能力である言語的類推という認知能力と,それによって実現される超越性の関係を示唆した.これらの知見を人類進化のプロセスに対応させて検討し,5万年前に言語的類推能力を獲得したことで芸術と多様な道具の出現という「文化のビッグバン」が可能になり,さらに,文法化により言語と世界認識がポジティブフィードバックを通じて複雑化して行ったという言語の起源と進化の仮説を提示した.今年度のこの二つの成果は,「言語による現実・表現の多重解釈可能性」と「言語的類推による経験を越えた表現の生成」が組み合わさることが人間の持つ創造性に深く関与することを示したものである.言語の起源・進化の研究から,このような人間の本性に直接関わり,さらに,いかに創造性を高めるかという研究につなげられる知見が得られたことは,基礎的研究としての深みと,応用的研究としての広がりの両方を持つものであり,重要な成果と考えられる.
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