前年度に西部北太平洋亜寒帯域の定点K2で得たプランクトン試料について、珪藻殻の形成時に取り込まれる蛍光色素PDMPOによる殻の染色の様子を解析した結果、表層において現存量が少なく鉄制限を受けていたと予想された大型の中心目珪藻類も高頻度で細胞分裂していることが明らかになった。表層では小型の羽状目珪藻が卓越しており、その生物ケイ酸殻は薄くて短期間のうちに溶解するのに対して、大型の中心目珪藻、特に比較的溶解速度の遅い堅牢な殻構造をもつThalassiosira spp.などは、有光層下部や有光層直下で現存量が多くなることから、海洋表層の珪藻類による生物ケイ酸の生産ならびに有機炭素の下層への鉛直輸送を考える上で、小型羽状目珪藻と大型中心目珪藻を区別して解析することが鍵になることが分かった。 2009年8-9月の研究船「白鳳丸」航海において、西部亜寒帯循環の鉄制限域やベーリング海の珪藻ブルーム域を含む北太平洋亜寒帯の広範な海域から、夏季の表層植物プランクトン群集の炭素:ケイ素比の変動を解析するための試料を得た。また、同海域の微量金属元素濃度を調べたところ、珪藻を主体とする植物プランクトンブルームがみられた海域で、海水中の溶存亜鉛濃度の顕著な減少が観測された。溶存亜鉛の大部分は海水中で有機錯体として存在しており、有機錯体から遊離した亜鉛を植物プランクトンは速やかに取り込んでいると考えられる。海洋において亜鉛はケイ酸塩と同様な鉛直分布パターンを示すことが知られており、また炭酸脱水酵素には亜鉛が含まれていて植物プランクトンのCO_2固定に密接に関わっていることから、珪藻ブルームと連動して濃度変化を示す亜鉛は、海洋表層・亜表層における炭素・ケイ素の循環過程のリンクを調べる上で重要な糸口となる可能性がある。
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