11世紀に活躍した密教の学匠サハジャヴァジュラ(Sahajavajra)の哲学学説綱要書『定説集成』(sthitisamasa)の解読の目的は、後期大乗仏教の教理と実践がどのようように最終的に集約さていったのかを知ることにある。後期仏教の高度な哲学的な理論を、文脈の明確ではない西蔵語訳のみに基づいて行うことは困難であり、サンスクリット語原典の存在は哲学の内容の明確な形での分析を可能にしている。昨年に続いて、Oxford大学のAlexis Sanderson教授を早稲田大学に招聘し、唯識説の章を解読した。昨年度は、すべてのものごとは心としての知識の展開である、しかも、そのものごとは知識の形相としても実在しないという瑜伽行派無形相知識論説を分析した。今年度は、有形相知識諭を考察した。即ち、そのようにものごとが知識の形相として全く存在しない場合には、現実の諸対象の認識において、任意のものではなく特定な対象についての認識が成立するという経験を説明できない。そのことを説明するためには、知識の中の形相が知識と同次元で存在する、ということが必要である、とする有形相知議説を考察した。筆者がサンスクリット語の写本の校訂と英訳を準備した。その際に、有形相知識説の思想史的な展開を注に付した。同教授も自ら収集した諸資料を持参した。これらを対照しつつ、Sthitisamasaの偈文の英訳を推敲し、内容の分析を行った。 更に、後期の仏教教理の解析の基礎的研究として、後期大乗仏教の詰学匠が拠り所としている法称(Dharmakirti七世紀)の知識諭書『知識論決択』の中から、仏教における聖書(信頼に値する人の言葉)の妥当性について考察を行った。
|