仏教の学匠サハジャヴァジュラ(11世紀)の著作である『定説集成』のサンスクリット語写本の解読、特に、顕教の中の無形相唯識説および有形相唯識説の解読を行った。 昨年Oxford大学のSanderson教授を早稲田大学に招聘し、唯識説の部分のサンスクリット語写本のtranscription、西蔵語訳との対照、原典テキストの校訂を進めた。その後、同教授との共同解読の際に十分に論じ尽くされなかった部分、即ち、思想史的展開からのテキストの再考察を加えた。外界の対象の存在を否定し、対象とは実は知識の中に顕現した形相である、という唯識説は後期大乗仏教の基本的な説の一つとなっている。その定説が如何に理論的に整備されていったのか、具体的には、理論形成の中核となった仏教論理学派の法称(7世紀頃)の対象認識説から密教教理での対象認識説にどのように展開したのかを考察した。 こうした思想史的展開の考察においては、その基盤となる法称の認識論、および、それを記述するために法称が用いた論理学の精査が不可欠である。法称の著作の中で、先行する陳那(5世紀-6世紀頃)の解説ではなく、法称が自らの見解を著述した主著が『知識論決択』である。この第三章(他者のための推論)の主張命題の定義の一部を解読し、「すべての認識は妥当な認識ではない」などのパラドックスを含む命題に対する仏教論理学派の処理方法を解析した。これを基にドイツ語の翻訳と注解を作成した。オーストリアの科学アカデミーには、同書に対するダルモーッタラ(8世紀頃)の浩瀚な梵文注釈の写本が所蔵されており、この写本の解読を並行して行った。同アカデミーで研究するHugon博士を早稲田に招聘し、『知識論決択』の当該の箇所の解読に必要な注釈の読み合わせを行った。
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