室町時代は、いわゆる「日本的な」文化様式や美意識の成立した時代だとされる。その文化は、公家・武家・僧侶・町衆など異なる階層それぞれで育まれてきた文化要素の接触と混淆から生じたと考えられる。したがって、当該期における諸階層の文化的な営為や、階層をこえた人的交流の実態を明らかにすることは、日本の伝統文化成立の基層を解明するうえで必須だといえる。 ところが、文化史研究の現状は、東山文化の推進者とされる足利義政や、著名な連歌師・茶人・絵師など、文化史上における頂点的な人物に焦点をあてた研究が大半であり、室町文化の広大な裾野を形成した、文化史的には無名な人々の文化的な営為や、人的交流の具体相についての研究は進んでいない。その理由の大なるものとして、当該期の研究のための史料的な環境が十分に整備されていないことが挙げられる。具体的には、以下のような問題である。 ・室町時代の古文書は分量が厖大であり、『平安遺文』『鎌倉遺文』のような集成が行われておらず、当該期の文書を通観する術がない。 ・室町時代の文化を研究するために重要な史料でありながら、全容の明らかでない古記録が存在している。 ・その存在は既知であるが、自筆原本の接続の混乱、諸写本の比較検討の困難さ、などの理由から公刊に至っておらず、拠るべき底本が不明確な古記録が多数存在する。 ・平安・鎌倉時代については、主要な古記録の相当部分の全文DBが作成されているのに対し、室町時代の古記録の全文DB化は寥々たる状況にある。 ・平安・鎌倉時代と比べて、人名索引などのツール類の整備も進捗していない。 このような史料的な環境の制約により、当該期の人物の文化的な営為や人物間交流に関する史的研究は、先行する鎌倉時代と比較しても大きく立ち遅れている。そこで本研究は、史料的な環境を整備することで、具体相の集積を多角的・効率的に果たし、伝統文化そのもののありようの多様さを解明しようとするわけである
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