研究概要 |
研究代表者と研究分担者は,有理曲面上の正エントロピーをもつ正則自己同型の共同研究を行った。そのために分担者を数回北大に招聘し討議を行った。分担者は昨年度の研究において,軌道データの実現化を用いた写像構成方法を導入し,尖点をもつ反標準曲線を保つ写像の大量構成に成功した。本年度はその逆問題,つまり任意の尖点反標準曲線を保つ自己同型写像が適当な軌道データの実現化から構成できることを示した。これにより軌道データの実現化を用いた構成方法の有用性を示した。代表者は,この構成における関手的な方法についてのアイデアを出した。また,代数的なK3曲面上のエントロピー正の自己同型写像を明示的に書き下すというテーマで研究を開始した。そのためにはテータ関数を用いたK3曲面の射影空間への埋め込みの技術が要ると考えられるので,その方面の専門家を招聘し種々の討議を行い,必要知識の収集に努めた。パンルヴェ方程式については,この方程式の解軌道が有理型関数としてどこまでも解析的延長できるという性質,すなわちパンルヴェ性が成り立つという性質の本質的な理解に向けての研究を行った。これは難しい問題であり,簡単には解決する課題ではないが,幾何学的観点から種々の考察を行った。今年度はまた,多面体調和関数に関する研究も行った。多面体調和関数の一般論は,十数年前の研究代表者の創設になる。その各論の第一として,各正多面体に関する調和関数を決定する問題が考えられるが,正立方体に関する調和関数の決定問題はこの十年来未解決に残されていた。今年度は,この問題を美しい形で解決することができた。その成果は,研究集会では発表するとともに,査読付き論文誌に掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
パンルヴェ第VI方程式の解芽のモデュライ空間に働く非線型モノドロミー写像の力学系の理解が,代数多様体上の力学系・エルゴード理論の観点からかなり進んだ。そしてパンルヴェ方程式のもつカオス性が明らかになったことは大きな成果である。そもそも,従来のパンルヴェ方程式研究は可積分系の立場からの研究が殆どであり,本研究のようなカオス力学系・エルゴード理論と代数幾何学を結び付けるタイプの研究はなかった。また,パンルヴェ方程式の周期解の個数の指数増大性を示すために,射影代数曲面上の面積保存双有理写像の一般論を構築することができたことも成果である。このような新しいタイプの研究であること,またいろいろの分野の数学を総動員して行う研究であるため,困難も大きいがやりがいがある。
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今後の研究の推進方策 |
パンルヴェ方程式を特徴づけるパンルヴェ性という性質について,なぜそれが成り立つのか,その根本的理解は,この百年来ほとんど進んでいない。その解明は,本研究課題終了後も続けるべき長期的課題となると考えられる。残りの研究期間内においても,これまでに遂行したパンルヴェ方程式のモデュライ理論的研究,力学系・エルゴード理論的研究を足がかりに,解軌道の延長可能性の研究を行う。それらの幾何学的観点に,リャプノブ関数による方法等の解析的観点を組合せて,両者を融合できるかどうかを探ることが今後の課題である。また,複素力学系の視点から,有理曲面やK3曲面上の力学系の理論を更に整備する必要がある。また,当初の計画では期待していなかった多面体調和関数の理論について,懸案の問題が今年度に解決したので,次年度はここから派生する問題を考えることも重要である。
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