物性物理学において量子状態制御は、中心的な研究テーマの一つである。これまで光励起状態の量子制御の研究は、固体では主に化合物半導体などの無機材料を舞台に行われてきた。最近の研究から、単層カーボンナノチューブは欠陥が少なく、かつフォノン散乱などが抑制され、励起子コヒーレンスが長時間保持されており、量子効果を観測・制御するのに最適な系であることが明らかとなりつつある。そこで本研究では、カーボンナノチューブを舞台に量子状態制御を試み、新たな機能性・物性の発現を目指して研究を行った。 本年度は、カーボンナノチューブにおける光励起状態の量子制御に向けて、スピン自由度を積極的に利用することを検討した。そのために、F_4TCNQなどのドーパント分子によりホールドープしたカーボンナノチューブの発光・吸収スペクトルを詳細に測定した。その結果、F_4TCNQを添加するとともに、最低励起子吸収よりも低エネルギー側に新たな吸収ピークが出現することを見出した。これらの実験結果ならびに理論計算との比較により、カーボンナノチューブにおいて室温かつカーボン材料で初めてとなる荷電励起子(トリオン)状態の発見に成功した。トリオンは、二個のホールと電子の束縛状態(もしくは二個の電子と正孔)であり、スピン自由度を有している。そのため、今後、これまで多くの半導体の系で行われていたスピン操作の測定を、室温で行うことができる可能性を示している。
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