本研究の目的は、量子論的な揺動散逸定理に基づく光散乱スペクトルの基礎表式の適用限界を実験的に明確にするとともに、適用できなくなる起源を明らかにすることである。散逸性の大きい緩和モードが現れる典型的な系を対象として、そのストークス散乱と反ストークス散乱の強度比を精密に測定し、光散乱の基礎表式から期待されるボルツマン因子との精密な比較を行い、この関係を満たさない振動数領域を明確にするとともに、ボルツマン因子からのずれの程度を定量化する。その結果から、光散乱スペクトルにおいて物質中のゆらぎが量子性を失い、古典的なゆらぎとして観測される起源を明らかにする。 今年度は、まず、ゆらぎの起源が明確な系における散逸現象を調べるために、酸化チタン(TiO_2)結晶のフォノンラマン散乱スペクトルの測定を行い、そのストークス・反ストークス散乱強度比(I_s/I_<AS>)を詳細に解析した。その結果、200Kにおいて、フォノンの中心振動数ω=450cm^<-1>付近で強度比l_s/I_<AS>がボルツマン因子からずれて、ローレンツ型のスペクトルで期待される値に近づく傾向を示すことが明らかとなった。一方300Kにおいては、ω=150から450cm^<-1>の広い領域でボルツマン因子より数%程度小さい値を示すことが分かった。ラマン散乱スペクトルと量子論的揺動散逸定理とが対応する限り、強度比I_S/I_ASはボルツマン因子と一致することが期待される。今後、温度変化の詳細な解析を行い、ボルツマン因子からのずれとフォノンの非調和性や緩和現象との関連を明らかにする。
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