研究概要 |
(1) 化合物結晶の価電子帯光電子スペクトルにおける反跳効果の理論的シミュレーション 平成21年度に構築した化合物結晶の価電子帯反跳効果の理論をモデル系としてTiN結晶に適用し、軟X線励起XPSと8keVの硬X線励起XPSとのスペクトル形状の違いを論じた。価電子帯が主としてTiの3dとNの2pの混成軌道からできていることを反映して、TiとNの質量差に起因するフェルミ端のシフト・ブロードニングおよび価電子帯中央部でのシフトが顕著に見られることを予言した(論文投稿ずみ)。これにより、反跳効果がバルクの電子状態であってもサイト選択的情報を担うことが明白になり、共鳴光電子ス分光とは異なる原理によるサイト選択的情報を得る手段となりうることが示された。 (2) 内殻光電子スペクトルにおける反跳効果の温度依存性および物質依存性 Alの2p内殻光電子スペクトルおよびグラファイトの1s内殻光電子スペクトルの励起エネルギー依存性およびその温度依存性を詳細に検討した。金属であるAlにおいては、温度上昇による幅の増大に、反跳効果と電子格子相互作用の双方が寄与するのに対し、グラファイトでは電子格子相互作用の効果は無視できるほど小さいことが示された(論文投稿準備中)。 (3) イオン液体への実験的研究の展開 これまで明らかになった固体での光電子反跳効果に関する知見が、液体にも適用可能であるかを調べた。測定対象はイオン液体である。分子から構成されるイオン液体は、基礎科学・応用科学の両面から近年非常に注目されている物質群であり、また室温での蒸気圧が非常に低く、固体試料と同じように超高真空下での光電子測定を容易に行うことができる。イオン液体に含まれるC, N, 0, Fの軽元素の内殻光電子スペクトルを800eVの軟X線、6keV、8eVの硬X線で測定した結果、固体と同様に反跳効果が観測された。さらに化学環境の異なる部位のCで反跳効果の違いがあることがわかった。得られた結果から、陽分子イオン-陰分子イオン間の相互作用についての情報を得ることができるかどうか現在検討している。
|