研究概要 |
我々は現在までに、水素原子核の量子揺らぎや陽電子系にも適用可能な全く新しい第一原理多成分系分子理論を開発し、様々な応用計算を実行してきた。平成22年度は、主に高精度多成分系分子理論の確立として、「多成分系量子モンテカルロ法」の開発、およびその陽電子化合物への応用計算[1]を実施した。 陽電子化合物の対消滅速度(または消滅寿命)は、原子・分子への陽電子吸着を解析する上で、最も重要な物理量の一つである。しかしながら量子モンテカルロ法に基づく物理量の算定では、対消滅速度等の全エネルギー以外の物理量(正確にはハミルトニアンと非可換な物理量)の精度が、用いた試行波動関数の精度に強く依存する事が知られており、これまで極小規模な系を除いて、量子モンテカルロ法による対消滅速度の高精度解析は困難であった。そこで対消滅速度を高精度に算定可能な新しい試行波動関数(Slater-Jastrow-backflow試行波動関数)を開発・実装し、数値的厳密解が報告されている二種類の陽電子化合物([H-;e+]と[Li-;e+])の解析を行った。それにより、[H-;e+]では厳密解の100%,[Li-;e+]では98.6%という精度で対消滅速度が得られる事を見出した[2]。次に多成分系量子モンテカルロ法を用いた、アルカリ金属水素化物への陽電子吸着に関する理論的解析も実施した。具体的には、アルカリ金属水素化物(LiH,NaR,KH)への陽電子吸着に関する理論化学的解析を行った。特にNaH,KHの陽電子複合体に対しては、これまでで最も精密な基底状態の変分エネルギーと陽電子親和力を得た[3]。 [1]Y.Kita, R.Maezono, M.Tachikawa, M.Towler, and R.J.Needs, "Ab initio quantum Monte Carlo study of the positronic hydrogen cyanide molecule", J.Chem.Phys.131,134310(6pages)(2009).[2]Y.Kita,M.Tachikawa, N.D.Drummond, and R.J.Needs, "A Variational Monte Carlo Study of Positronic Compounds Using Inhomogeneous Backflow Transformations", Chem.Lett.39,1136-1137(2010).[3]Y.Kita, R.Maezono, M.Tachikawa, M.Towler, and R.J.Needs, "Ab initio quantum Monte Carlo study of a positron adsorption to alkali-metal hydrides", submitted.
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