これまで単核錯体、特に2つのシクロペンタジエニル配位子を上下に有するメタロセン類を用いて、その酸化還元特性に基づき機能性分子の構築がなされてきた。一方、遷移金属クラスターは3つ以上の遷移金属が架橋配位子に応じて最適な配置をとり、金属-金属結合を有する。このような特色から、多金属骨格は多段階酸化還元過程、金属-金属結合の切断および生成を伴った柔軟な骨格構造変化など、単核錯体では発現しえない興味深い性質を示す。金属を含む機能性分子を構築する上で、従来用いられてきた単核錯体を金属クラスターで置き換えることで、これまでに類を見ない機能性分子の構築ができると考え、実験を行った。単離した[Cp4Fe4(HCCR)2](PF6)(R=-C≡CSiMe3)を重アセトニトリルに溶解すると、室温で異性化し[Cp4Fe4(HCCH)(RCCR)](PF6)を与えた。この異性化は平衡反応であり、Eyringプロットにより活性化パラメータを見積もったところ、活性化エントロピーはほぼゼロであることがわかった。このことから、異性化反応は分子内で進行し、協奏的な鉄-鉄結合および炭素-炭素結合の再分配によることがわかった。また、[Cp4Fe4(HCCR)2](PF6)を[Cp2Fe](PF6)で一電子酸化したところ、1本の鉄-鉄結合の生成と1本の炭素-炭素結合の切断を伴い、四鉄骨格がバタフライ型構造をとる、[Cp4Fe4(HCCH)(μ3-CR)2](PF6)2が定量的に得られ、その構造を単結晶X線構造解析により明らかにした。この二電子酸化体をコバルトセンにより二電子還元すると、1本の鉄-鉄結合の切断と炭素-炭素結合の生成を伴い、[Cp4Fe4(HCCH)(RCCR)]が得られた。現在、この[4Fe-4C]骨格の特性に基づき、機能性分子の創製に取り組んでいる。
|