スピンの緩和現象は、巨大磁気抵抗効果をはじめとする種々のスピン伝導機能や、それらのダイナミクスの理解と制御に直接関係する重要な研究課題である。本研究では、これまでほとんど研究されていなかった電流注入による非平衡スピンの緩和に及ぼす低次元ナノ構造化の効果を調べた。これにより、どのような低次元ナノ構造においてスピンの緩和時間が大きく増大するかを明らかにするとともに、そのメカニズムの解明を試みた。 本年度は、AgやCu超薄層を中間電極とする擬2重トンネル接合構造素子を作製し、そのスピン輸送を通じてスピン緩和を調べた。この素子構造では、一方のトンネルバリアはMgOであり、もう一方の疑似バリアはFeとAg(またはCu)のバンドミスマッチを用いている。また、Cuの場合には平坦なbcc構造超薄膜層をFeにエピタキシャル成長させており、Agよりも明瞭な結果を得た。超薄膜に特有の量子井戸準位に起因する磁気抵抗効果の振動現象が観測されたが、中間層厚に対して磁気抵抗効果が急激に減少する様子が見られた。このことは、2次元的な超薄膜では量子準位は形成されても、ナノ粒子の場合のような完全孤立準位ではないためスピン緩和時間の増大が生じにくいことを示唆している。 Auナノ粒子を中間電極層とした2重トンネル接合素子による研究も、協力研究者らとともに行い、磁気抵抗特性のナノ粒子サイズ依存性や温度依存性について顕著な結果を得た。得られたサイズ依存性は、ナノ粒子内での伝導電子の離散準位の形成がスピン緩和時間の増大の主因であるとするモデル計算結果に概ね一致した。また同時に、ナノ粒子内では超波長フォノンが形成されにくいことも考えられ、そのような寄与の存在も示唆された。これらはナノ粒子内のスピン緩和に関する新しい知見である。
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