有限サイズのソフトマターからなる系のダイナミクスは、生命をはじめとする諸現象の理解に根本的な役割を演じている。本研究では、こうした微視的な系のダイナミクスを計測する新たな手法を開発することを主眼として研究を行ってきた。本年度の研究目的の第一は、原子間力顕微鏡(AFM)によるナノメータースケール粘弾性スペクトルの取得方法の開発である。AFMのカセンサーを磁気力によって広帯域かつ精密に制御する技術を応用して、周波数応答関数としての粘弾性計測を行った。今年度は特に、すでに予備実験によってその実現可能性を検証した時間領域での計測に重点を置き、新たにパルス応答計測法を考案した。この方法では、負帰還によって1次および2次の共振を抑圧したカセンサーに、パルス状の駆動力を印加し、応答としてのセンサーの変位を計測してフーリエ・ラプラス変換によりスペクトルを算出する方法であり、前年度までに予備実験として行ったステップ応答計測に比べて高いS/Nでの計測が期待できる。この方法を、親水性のマイカ表面上のH_2O溶媒和領域に対して適用し、100kHzを上限とした周波数範囲で溶媒和層の粘弾性スペクトルを抽出可能であることを立証できた。この結果については、国際学会・シンポジウムなどで発表するとともに、論文として出版した。 また、AFMのカセンサーに代わり、制御性と感度の高い力学場計測を多次元で可能とする新たな方法として、反磁性相互作用を利用した力学応答計測プローブのプロトタイプの開発を試みた。その結果、0.5mm程度の大きさのネオジム磁石粒子を、反磁性物質で作成したポア中で磁気浮上させ、反磁性相互作用による力学場中に拘束することに成功したので、本研究計画終了後の次の研究へと発展させうると考えている。
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