これまでに確立した時間分解静電気力計測の方法を絶縁体表面に適用するために、絶縁体基板の裏側電極にバイアスを与えた場合の試料表面と探針先端周辺の電位分布について検討した。まず、有限要素法による計算を行った結果、探針直下には探針先端の周辺から電場が張り出すこと、また、絶縁体内部にも電位勾配が生じることがわかった。典型的な走査プローブ顕微鏡の動作条件として、試料-探針間距離5nm、探針先端の曲率半径5nmを仮定すれば、基板に1mm程度の厚い基板を用いても、基板裏側電極の約10%の電位が表面に現れることがわかった。従って、絶縁体基板を用いた場合でも、基板裏側電極を用いて、実験的に有意な大きさの電界変調が可能であると結論できた。 そこで、実験により上記の計算結果の検証を行った。基板裏側電極から電場変調をかけて、マイカ表面に吸着した金微粒子について、トポグラフ像と静電気力画像の測定を行った。金微粒子のサーファクタントが非極性分子のときには、トポグラフは観察できるが、対応する静電気力画像は得られない。一方、サーファクタントが極性分子のときには、静電気力画像が得られることから、絶縁体基板上に配置された分子分極の時間的変化を計測可能であることがわかった。また、マイカ表面上のDNAでは、リン酸イオンによる負電荷が観察された。したがって、絶縁体表面における電荷の生成、消滅も計測可能であることがわかった。 上記の結果から、パルス変調引力顕微鏡測定における静電的時間分解測定は、絶縁体表面上の分子やナノ構造体に対して適用できることが明らかになった。このことは、デバイス構造や生体系などへの応用が可能であることを意味しているので、応用上きわめて重要である。
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