細菌べん毛は、細胞膜を透過するイオンの流れをエネルギーとして回転する生体超分子モーターであるが、その回転の機構はほとんどわかっていないのが現状である。生体分子機械の作動原理の解明は、生命科学のみならずナノテクノロジーへの応用に向けても重要な課題である。本申請研究では、イオン流のモーター回転力への変換を担う細胞膜中のナトリウムチャネルPomABの三次元構造を、電子顕微鏡法、X線結晶回折法により、高い空間分解能で解析することを目指した。 PomAB複合体の初期結晶から、SPring-8において放射光を使ったX線回折実験を進めているが、引き続き、結晶の改善に向け種々の条件検討を行った。特に、大量発現系の再構築、界面活性剤のスクリーニング、凝集体の生成を抑える添加剤の検討等、精製法の見直しを進めた。同時に、異なる生物種のPomABやホモログの蛋白質の発現系を構築、精製、結晶化を行った。このうち、鉄やビタミンB12の外膜輸送にエネルギーを供給するExbBDからは、既に3.5 Å程度まで回折点の観測される結晶が得られている。この結晶の全方位からの回折データの取得と共に、重原子誘導体、SeMet誘導体を調整し位相情報を得て、高い空間分解能で構造解析を行うことを目指している。この蛋白質とPomABとの構造比較を行うことで、両者の生理的機能の違いを担う分子機構を明らかにしたい。一方、電子顕微鏡法による解析では、既にPomABの低分解能の構造を単粒子解析法及びトモグラフィー法により解析し、論文に発表している。これにより、PomABのモーター周囲へのアセンブリ機構、ペプチドグリカン層へ結合しモーターの固定子として働く分子機構のモデルを提出することができた。 以上から電子顕微鏡法、X線結晶構造解析法の両者を相補的に用いて、イオン流のモーター回転力への変換機構の解明を目標に研究を進めた。
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