性フェロモンを害虫防除に直接利用することに加え、その生産を撹乱することで昆虫の雌雄間の交信を制御し、次世代の増殖を抑制することが考えられる。そのためには、生合成過程の詳細なメカニズムを解明する必要があり、これまでカイコなどを材料に研究が展開されてきた。一方、シャクガやヒトリガなど進化したガ類昆虫では、末端の官能基を含まない構造上の特色を有する化合物(不飽和炭化水素およびそのエポキシ誘導体)が性フェロモンとして利用されており、その生産様式もかなり異なることがわかってきた。本研究ではそれらの性フェロモンに注目し、生合成経路とそれに関わる酵素、特にエポキシ化酵素の実体を明らかにすることを目的としている。 1)生合成中間体の同定:特徴的な二重結合位置から、餌由来のリノレン酸(C_<18>)などを出発原料として、炭素鎖の伸張と脱炭酸によって合成されることが想定されている。たとえば、シャクガのフェロモン成分(C_<19>トリエンとそのエポキシ体)は、リノレン酸から導かれるC_<20>脂肪酸の脱炭酸によって生成することが考えられた。そこで、不飽和炭化水素の生産器官であることが予想されるエノサイトを含む組織での分析を行った。種々のクロマトを駆使した結果、シャクガよりC_<20>トリエン脂肪酸を、さらにC_<21>のフェロモン成分を生産するカノコガからC_<22>トリエン脂肪酸を見出すことに成功した。これらは、新規な天然脂肪酸である。 2)エポキシ化酵素の同定:特異な構造を有するシャクガの腹部8〜9節の詳細な観察とエポキシ化活性の検討から、フェロモン腺は節間膜の限られた部分に位置することが明らかになった。この知見をもとに、フェロモン腺と他組織とでの発現遺伝子の差を指標にエポキシ化酵素の絞り込みを行うことを計画した。それぞれの組織からmRNAを抽出し、SMART kitを用いて増幅を行い、現在ライブラリーを構築中である。
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