研究概要 |
動物細胞の原形質膜は水分子の出し入れのための特異的な水チャネル(アクアポリン:AQP)を装備し,体液浸透圧のホメオスタシスに機能している。哺乳類のAQPには臓器特異性があり,多数のアイソフォームが遺伝子ファミリーを形成している。開放血管系動物の昆虫では水分子のゲートとしてAQPは,体液ホメオスタシスに決定的な役割があると考え,植物葉から必要な水分を摂取するカイコ幼虫を使い,鱗翅目実験昆虫としての長所を活用した昆虫細胞の浸透圧調節に関わるAQPの生理機能を追究した。 カイコから第3のAQPを見いだした。排泄系組織(後腸・マルピーギ管)を構成する上皮細胞には方向性(オモテ・ウラ)があり,このAQPは細胞のウラ側(Basal)にだけ分布しており,最初にクローニングしたオモテ側(Apica1)のAQP-Boml(2009年発表)とは対照的であった。このAQP-Bom3と相同性の高いAQPは,ゲノム解析を終えた他の昆虫でも遺伝子としては特定されている(predicted AQP)が,実際の昆虫体内での組織特異性や役割まで解明された例は未だ1~2例にとどまっている。複数のAQPが原形質膜に局所特異的に配置されることによって,昆虫個体の排泄や浸透圧調節・水リサイクル,ひいては乾燥耐性に関わると考えられた。今後,我々の研究を追うかたちで,それぞれの昆虫での生理的重要性に関わる研究が進展すると予測される。 さらに,カイコ消化管系(後腸・中腸)での成果をベースに,昆虫の感覚器官でのAQPについても,嗅覚器官において感覚子の細胞表面の潤いを維持するためのAQPをクロキンバエ(Phormia regina)からクローニングすることもできた。研究期間での基礎研究成果を下敷きにして,農業害虫・衛生害虫の水分代謝の変調や撹乱を誘導させることができないか,応用展開への道筋を準備するところで研究を終えた。
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