非分裂細胞である心筋細胞の機能維持に必要なシグナルの解析を通して、心臓特異的な生存維持機構の解明を行うことが本研究の目的である。心臓は生後まもなく細胞分裂を中止し、さらに決して癌化をおこさない唯一の器官である。初年度はこの細胞分裂抑制機構の解明を主な目的として、細胞分裂に必要な転写因子に対する心臓の反応性を比較した。 我々は以前、HB-EGFと呼ばれる増殖因子が心臓の機能維持に重要な役割を果たすことを報告してきた。この増殖シグナルの働きにより心臓においても分裂細胞と同様c-fosやc-mycと呼ばれる癌遺伝子の誘導がおこる。しかしその後は特異的な遺伝子の調整機構が働き心臓の非分裂性が規定されている。特にc-mycは最近iPS細胞の誘導に使用されるなど細胞運命決定とも深い関与が示唆されている。そこでc-mycを心臓および分裂細胞で発現させ、それにより誘導される遺伝子の差を網羅的に解析した。 結果、GSという蛋白が心臓特異的にc-mycにより発現誘導されることが明らかになった。GSは今日までほとんど、その機能が解析されていなかった。そこで、さらにその結合蛋白の精製・同定を行いF-ATPaseという蛋白との結合を証明した。F-ATPaseはミトコンドリアに存在する酸化的リン酸化に関与する重要な分子であり、特にミトコンドリアの発達した心臓においてはその細胞機能に直接かかわることが考えられる。今後はGS蛋白がF-ATPaseの活性調節を通していかに心臓特異的な細胞機能を担うかを検討していく。 これに関係して本度は心臓の生理機能とくにエネルギー代謝に特に関係の深いキナーゼに注目しその心臓における基質のスクリーニングを行った。独自の精製系と生体外でのキナーゼアッセイ系を使用することにより、新規の基質の同定に成功した。来年度よりはこれらの解析もあわせておこなう。
|