大動脈瘤手術における脊髄障害は非常に重篤かつ未解決部分の多い合併症である。 近年、脳虚血再灌流障害におけるグリア細胞の果たす役割が注目されてきたが、脊髄においても虚血再潅流障害に活性化星状膠細胞が関与している可能性がある。我々はウサギ脊髄虚血再潅流モデルを用いた研究で、一過性脊髄虚血再潅流後の脊髄障害の程度と星状膠細胞活性化の程度が有意に相関することを明らかにし報告したが、そのメカニズムについては不明な点が多い。 虚血により組織において各種炎症前駆物質が活性化されると、ホスホリパーゼA2が細胞膜リン脂質を加水分解し、遊離脂肪酸やリゾリン脂質の濃度が上昇するとされる。ラット中大脳動脈閉塞モデルでは脳虚血領域で細胞膜構成物質のホスファチジルコリン(PC)の減少と、その加水分解産物であるリゾホスファチジルコリン(LPC)の上昇を認めたという報告が散見される。 本研究では、虚血再潅流後の脊髄における細胞膜構成物質PCと、分解産物であるLPCおよびアラキドン酸(AA)の動態を質量顕微鏡法を用いて分析し、脊髄神経障害および星状膠細胞活性の程度と比較することで細胞障害の程度と時期、星状膠細胞の関与について検討した。 脊髄虚血再潅流後1日目の脊髄では、正常神経細胞数と各リン脂質の量との間に相関は認めなかったが、星状膠細胞の骨格分子であるGFAP発現量はPL含有量と負の、またAA量と正の相関を各々認めた。虚血再潅流後3日目においては、PC量は正常神経細胞数と正の、またGFAP発現量と負の相関を各々示した。一方LPCはほとんど認められずAAにおいても相関を認めなかった. このことから再潅流後1日目では細胞障害が進行中でありその程度は星状膠細胞活性化の程度(GFAP発現量)に相関すること、3日目では細胞障害はほぼ完了しているがその程度とGFAP発現量が相関すると考えられた。以前我々が報告した3日目におけるGFAP発現量と正常神経細胞数との相関は、相互作用を示すものではなく共に初回虚血の程度を反映していることが示唆された。
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