音声は、言語情報や感情情報などを同時に伝えることが可能な、基本的かつ効率的な情報伝達手段である。ヒトの社会的生存に必須の音声言語は、口唇、舌、顎、軟口蓋、咽喉頭、声帯などの顎口腔系器官の巧妙な協調運動により生成され、また、生命維持に必要な呼気を利用することで他の身体活動(例えば労働など)と同時に遂行可能なため、ヒト同士のコミュニケーションを容易に成立させている。日本における失語症や吃音などのコミュニケーション障害を有する患者数は数十万人といわれ、社会の情報化や高齢化、医療の高度化や先進化に伴い、音声言語の制御メカニズムの解明は、今後推進すべき重要な研究分野と考えられる。したがって、本研究を含む研究の全体構想は、『コミュニケーションの基盤となる音声言語の生物学的解明を目指す』ことである。一方、日本人新生児500人に1人の高頻度で発現する先天異常である口唇口蓋裂(CLP)は、音声言語に深く関与する口唇、歯槽部、歯列、口蓋などの顎口腔系の構音器官に器質的問題を有するため、口蓋裂言語と呼ばれる特有のコミュニケーション障害を呈する。従来、CLP患者における音声言語障害の原因は末梢器官の形態および機能に限局した障害であると考えられてきた。しかし、最近になり、CLP患者の脳形態や機能の異常が、新生児、小児、成人と年齢を問わず報告されていることから、中枢神経系の形態および機能異常と音声言語障害との関連が示唆されてきている。そこで、本研究課題の具体的な目的は、「CLPをモデルとして音声言語の生成、障害および可塑性のメカニズムを解明する」ことである。
|