H23年度は、モンゴル中央部、インド北部高地ラダーク地区、インド中央部低地デリー周辺地域において、乳文化および牧畜についての現地調査をおこなった。乳加工体系、乳製品利用、家畜管理技術についてインタビューと観察をおこなうと共に、乳文化に関連する一連の項目について写真もしくはビデオカメラで撮影し、画像としてのデータ蒐集に専念した。また、アジアの乳文化を相対的に位置づけ、その特徴を把握するために、ヨーロッパ酪農国のデンマーク、東アフリカ東部エチオピア北部中高地乾燥地帯でも現地調査を実施し、比較研究した。 調査研究の成果では特に、エチオピア中高地の事例を通じて、発酵乳系列群の乳加工技術を採用し、生乳からの乳脂肪の分画・保存はおこなうが、乳タンパク質の分画はおこなっていないことが現地調査により明らかになった。生乳から乳タンパク質を分画・保存しないのは、南アジアでもみられることであり、その要因は、家畜管理技術と農耕の利用性とに密接に関係していることが分析された。この視座は、アジア大陸において乳文化が欠落した東アジア・東南アジアの現象を今後考察する際に、極めて有益な情報を提供してくれることになるであろう。 また、最終年度に当るため、4年間の活動成果をまとめあげる作業にも専念した。その成果は、『ユーラシア乳文化論』(岩波書店)として結実し、出版するに至った。本書では、これまでの乳加工技術の事例研究を広く紹介すると共に、牧畜という生業の根底にある乳文化─家畜管理、搾乳、乳利用、交易─についても詳細に比較分析して発表している。更に、乳文化の伝播・発達の歴史を論じ、仮説「ユーラシア大陸における乳文化一元二極化論」を提起するに至り、その成果を以て牧畜論への言及をも行っている。乳文化についての仮説構築や乳文化の視座からの牧畜論への言及など、学問の発展に一定の貢献ができたものと我々は考えている。
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