本研究は貧困と砒素被害の関係を文化的、社会的に多様な地域で分析するため、中国・山西省、メコンデルタ、バングラデシュ、およびネパールを対象として研究を行っている。そのなかで、本年度は8月にカンボジア・メコンデルタ、9月にバングラデシュ、12月にネパールで村落調査を行った。 カンボジア調査では初めての村落調査となり、プレイベン省プレックタサール・コミューンにおいて全井戸調査およびコミューンを構成する4村のうちの1村、プレッククローチ村で全世帯調査を行った結果、井戸の砒素濃度は2ppmを超える井戸の割合が高く、井戸の使用期間が数年と短いにもかかわらず、30人程度に砒素中毒によると思われる皮膚症状が確認された。バングラデシュにおいては、ジョソール県チョウガチャ郡ベルゴビンドプール村において、全井戸および全世帯を対象に調査をおこない、世帯収入、使用している井戸の砒素濃度、砒素汚染による健康被害の関係にっいて分析した。それによると井戸の砒素濃度が砒素中毒発症の第一原因ではあるものの、世帯経済の状態が砒素中毒発症に関係があることが示された。ネパールでは、タライ平原地方のナワルパラシ郡ゴイニ村で全井戸・全世帯調査を行い、パトカウリ村で継続調査、ポタニ村で予備調査を行った。これまでの分析結果としては、バングラデシュと同様に砒素被害と世帯収入の関係が認められることに加えて、カースト制度によるジャティ集団の序列が砒素被害に関係があることが示唆された。これは、集団の社会的序列が高いほど砒素被害にあいにくいというような線的な関係ではなく、カースト制度最下位に置かれる不可触層の砒素被害の度合いが他の集団と比べて格段に高いことが認められた。この不可触層は経済的にも最下位であるので、この結果は経済的要因によるもの割合が高いと思われるが、社会最下層で暮らすという社会的要因も作用していると考えられる。
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