植物の成長が最も活発な7月中旬から下旬にかけて、研究協力者2名が高緯度北極スバールバル諸島のニーオルスンに滞在して野外調査を行った。また、これまでの野外調査のデータを用いて広域レベルの炭素蓄積量を推定した。主な成果は以下の通りである。 1.氷河後退後の植生発達過程を調べる一環として、遷移後期の優占種であるキョクチヤナギ(Salix polaris)について、氷河後退域と遷移後期の集団間で葉の生理生態学的形質を比較することで、氷河後退域での定着を可能にする諸要因を考察した。それぞれの立地において、葉緑素計を用いて葉緑素濃度と相関のあるSPAD値を測定後、葉面積及び葉重量を計測し、これらの値からLAM(Leaf Mass per Area)を算出した。その結果、SPAD値は氷河後退域の集団の方が有意に高く、LMAは氷河後退域の集団の方が有意に低い値を示した。一般には乾燥ストレスが増すとLMAの値は高くなることが知られているが、これらの結果から、氷河後退域においては土壌水分量が低いものの低温であり湿度が高いため、個葉レベルでは乾燥ストレスが緩和されていること、また貧栄養な土壌環境にもかかわらず葉緑素濃度が高いことが示唆された。 2.ニーオルスンの氷河後退域の0.72km^2の範囲について、有機炭素の分布と植生発達との関係について解析を行った。三本のライントランセクトに沿った43プロットのデータをもとにクラスター解析を行った結果、植生により炭素の分布パターンが異なること、また遷移後期の有機炭素蓄積量は1.1~7.9kg Cm^2で、土壌深層にも起源の古い炭素を含むかなりの量の炭素が存在することが明らかになった。
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