研究概要 |
いわゆるトリのグリオーマso-called fowl gliomaは1930~60年代に主にヨーロッパで発生していた原因不明の疾患であった。研究代表者らは国内初発例を発見し,本疾患がA型トリ白血病ウイルス(ALV-A)感染症であることを明らかにした。本疾患は研究代表者の知る限り,自然界で発生する動物の脳腫瘍の中でウイルスとの因果関係が実験的に証明された初めてのグリオーマと思われる。その後,ゲノム解析によって原因ウイルスであるトリのグリオーマ誘発ウイルスfowl glioma-inducing virus (FGV)は既知のALVではなく組み換えによって神経病原性を獲得したものと推察された。また,FGVはグリオーマのほか,小脳低形成,非化膿性脳炎・心筋炎,神経周膜腫を引き起こすことが明らかになった。一方,国内で発生した採卵鶏のグリオーマの検索から,本疾患はFGV とは異なるALV, TymS_90によっても誘発されることを明らかにした。しかし,FGVが国内の日本鶏群の中で新たに出現したウイルスなのか,FGVが古くから日本鶏に蔓延していたものなのかは明らかにされていない。また,ALV は主に造血器系腫瘍を誘発するが,その一株であるFGVやTymS_90がどのように中枢神経系への腫瘍原性を獲得したかについても不明のままである。 これまでの本疾患の疫学的知見に基づいて考察すると,FGVはヨーロッパの在来鶏を介して日本鶏に蔓延したか,逆に持ち出された可能性が高い。一方,FGVとは異なる経緯を辿り別個に神経系への腫瘍原性を獲得したと思われるTymS_90の出現により,これらALVは組み換えや変異により容易にあるいは偶然に神経系への腫瘍原性を獲得し得るゲノム構造を持ち,日本国内で出現した可能性も考えられる。これら2つの可能性を検証し,神経系に病原性を持つALVの出現経緯とゲノム多様性を明らかにするには,ヨーロッパ産の鶏とこれと関連をもつ日本鶏から収集したALVとFGVやTymS_90を分子生物学的に比較する必要がある。以上の背景を踏まえ,本課題では神経病原性ALV出現の経緯とゲノム多様性を明らかにするため,ヨーロッパ産の系統(内種)およびこれらと関連をもつ鶏を対象に神経病原性レトロウイルスの疫学調査を実施した。
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