本研究の目的は、HIV感染者の少ない地域において、病原体解析により、HIV流行をより早期に把握する方法を開発することである。そして、効果的な介入策につなげる実例を示すことである。そのために行ったフィリピンにおけるHIV流行阻止の基盤整備のうち、以下の事項を達成した。 (1)血液感染経路によるHIV初期流行像の把握 C型肝炎ウイルス抗体保有者に注目することにより、血液感染経路を強く示唆する集団の発見が容易になった。そのため、注射薬物使用者に起きたHIV感染集団を、小規模のうちに把握できた。系統樹上、全ての株間のbranch lengthが0.01以内にあり、bootstrap valueが70%を越える一群を、「類似株クラスター」と定義する場合、9群がこれに相当し、これらの類似C型肝炎株のキャリア集団には、HIV感染者と非感染者が混在していた。このように、血液を媒介にしてHIVに頻繁に暴露されながら、未感染のハイリスク者が明らかになった。早晩感染する危険が大きい。 (2)海外出稼ぎ者労働者による男性同性愛者集団へのHIVの持ち込み 海外出稼ぎ者から採取されたHIV株は、注射薬物使用者のものとは全く異なり、そのうちの多くの株が、男性同性愛者から採取されたHIVに近縁であった。この事実は、海外出稼ぎ者から男性同性愛者集団へとHIVが侵入しつつあるルートの存在を示唆している。 フィリピンの感染者報告例の多くは同性愛者であり、他方で、少ないながらも急速に広がる血液感染が憂慮されている。上記の結果は、この二つの集団の動向を把握する方法論の一端を示している。
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