研究概要 |
1949年から1989年の間に,旧ソ連(現カザフスタン共和国)セミパラチンスク核実験場(SNT)において458回の核実験(地上30回,大気中88回,地下340回)が行われ、SNT地域住民に急性・慢性の放射能被爆をもたらし,高い頻度で造血系,循環器系,腫瘍性疾患等が発症している。私たちは、SNT周辺の高線量被爆地域:HIR(1.0Sv以上)における唇顎口蓋裂発症率および口腔疾患罹患率は中等度被爆地域MIR(0.5-1.0Sv)や対照地域:CONと比較して有意に上昇していること、HIRの欠損歯数,口腔疾患罹患率,全身疾患罹患率はCONと比較して有意に上昇していることを明らかにした。また、核実験場周辺住民から採取した血液および唾液・歯垢由来のDNAを用いて、CONとHIRの成人で,因子A[IL-1α(889), IL-1β(-511)遺伝子多型]と因子B[地域差]を従属変数,喪失歯数(CON : 10.37本,HIR : 15.43本)を目的変数として,二元配置法による分散分析を行い,遺伝子多型により喪失歯数の違いがみられ(p<0.01)、地域差がより大きな喪失歯数への影響因子と考えられ,その因子として放射線の影響が最も強く疑われた。 本年度は、カザフスタン共和国セミパラチンスク核実験場(SNTS)周辺在住の住民の大臼歯のエナメルを用いて、electron spin resonance (ESR)法で各個体の吸収線量評価を行った。対象は、1949年に旧ソ連邦により行われた最初の核実験で最も汚染された、爆心地から100kmに位置するDolon地域の住民である。歯周病などのため抜歯された51本の大臼歯が用いられた。このうち8本は核実験場から400kmはなれた、核実験の影響を受けていない対照地域であるKokpekty,地域の住民由来である。その結果、自然被曝線量を差し引いて、Dolon地域の核実験の開始前にエナメル質が形成された大臼歯では、最大450mGyの被曝線量を認めた。一方、核実験後にエナメル質が形成された大臼歯では100mGy以下を示した。これらのデータは、今までの線量評価とよく一致しており、本方法は放射線被曝後40年以上経過しても被爆線量評価が可能な、有用な方法であることが明らかとなった。今後さらにSNT周辺の他の被曝地域も対象に本方法を用いて評価する予定である。
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