近年、実験動物に全くその存在すら知らない筈の捕食動物の匂いを嗅がせると恐怖・ストレス反応が惹起される事が明らかとなり、これらの反応は経験や環境に影響されない可能性が示唆されてきている。そこで、本研究ではまず、これらの反応とは逆に、経験や環境に存在しなくても反応できる何らかの“癒し"効果のある匂い物質が存在するのかどうかについて検討した。所謂“癒し"効果の期待される匂い物質の候補としては、薔薇の香り(バラ臭)もしくは木の香り(ヒノキ臭)を用い、実験動物(マウス)に捕食動物の匂いとこれらのバラ臭もしくはヒノキ臭を嗅がせ、脳内で活性化した神経細胞を最初期遺伝子c-Fosに対する免疫組織化学的手法でマッピングし、比較・検討した。 その結果、バラ臭もヒノキ臭もマウスにとっては全く未知の匂い物質であるにも係わらず、捕食動物の匂いによって惹起されるストレス関連部位での神経細胞の活動パターンが見られなかった。つまり、両者ともに、経験や環境要因に影響されない、持って生まれたストレス緩和効果(所謂“癒し"効果)があるものと推察された。動物が捕食者の匂いに対して恐怖・ストレス反応を生じる事は、自然の流れとして理解し易いが、逆に特定の匂いによる、ストレス緩和や癒される・落ち着くといった反応も、経験や環境要因によらずに保存されている可能性があると思われる。 しかし、バラ臭とヒノキ臭の“癒し"効果の間には、その活性化神経細胞の分布に相違が見られ、両者が同じメカニズムで“癒し"効果を発現していない事が考えられた。つまり、両者ともに、ストレス緩和効果はあるものの、その過程は異なっている可能性が示唆された。そこで現在、これらの相違について更なる解析を進めている。
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