自己組織化数理モデルよって得られた網膜-外側膝状体(LGN)-視覚野入力層までの神経ネットワークに対し、新たに構築したスパイク神経モデルを適用して視覚野細胞の刺激のコントラストと文脈依存応答の1つである線分の長さチューニングに関する応答特性を調べた。ここでは、抑制性細胞の活動を抑制する脱抑制が、文脈依存的な細胞応答の安定性に関係することがわかったが、一方時間タイミングの異なる細胞間の相互作用が入り難いことがわかった。これは、スパイク神経モデルとしてLeaky Integrated Fireニューロンを適用した場合に、神経細胞の発火後に膜電位をリセットするためと考えられる。そこで、神経のモデルを発火確率モデルにおきかえ、膜電位の減衰定数の長い成分も取り込んだ。はじめに、このモデルによってスパイク神経モデルで考察した現象が再現できることを確認した。次に、視覚野における文脈依存性に関係する細胞応答をプレイド錯視現象を使って解析した。この錯視現象は、運動方向が90度異なる2種の格子を重ね合わせた刺激であり、コントラストが低い場合には2つの方向に運動する刺激がバラバラに知覚されるが、刺激コントラストを高くすると2つの格子の交点が移動するように知覚するものである。シミュレーションでは、低コントラスト刺激では、方向選択性マップにおいて、視覚刺激として提示した2つの方向に応答する細胞群のみが活動することがわかった。一方、高コントラスト刺激では、これらの細胞群の活動は抑圧され、交点の運動方向に応答する細胞群のみが活動していた。このことは、プレイド錯視現象が第一次視覚野で起きている可能性を示唆している。抑制性の結合をブロックした場合は、刺激として与えた運動方向ならびに交点の運動方向に応答する細胞群の両者が活動すること、また脱抑制を除いた場合には、高コントラスト刺激によって細胞の応答が完全に抑圧されることから、プレイド錯視現象は視覚野における抑制性細胞が重要な働きをしていると結論された。
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