執筆していた書物(フリーランチと金融工学)が公刊されたため、わが国の代表的な金融工学者に配布し、種々のコメントを求めた。この書物は「フリーランチ=裁定機会のないこと」という単純な仮定のもとで、比較的複雑な結果を導出するという特徴を有している。特に、基礎となる各種の証券価格を表す確率過程にジャンプが含まれていても、難解な数学的処理を用いずに所望の結果やヘッジ戦略を誘導できる方法を提示している点である。配布対象のさまざまな研究者から無裁定条件のみでは誘導できない多くの反例が指摘された。そのような反例に対しては無裁定条件とは異なる別の接近法を考察する必要がある。その場合、定式化された問題に対する解析的な解の導出はほとんど見込めないため、数値実験による近似解法の開発が要請されよう。数値実験によるアプローチについては、来年度の課題の1つである。無裁定条件のみで解決できないリスク・ヘッジ問題の代表として、株価にジャンプを含む最適インデックスファンド構成問題を考察し、雑誌論文として公刊した。この論文ではジャンプを含む価格変動に対してリスク・ヘッジのために市場全体を表す指標に類似したファンドを実現するための最適化問題を確率制御問題として定式化した。限定された枠内ではあるが、最適解を与えるHJB方程式を誘導し、その常微分方程式の解を求めることに成功した論文である。 年度の後半は、実際の市場で株価のジャンプがどの位の時間幅で生じるかを、アジア地区の証券市場で観察した。香港市場でのハンセン指数に的を絞る限り、分単位のジャンプを考察すれば十分であることが判明したため、数学的には単純過程の枠内で表現できるという感触を得た。
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