生体分子の立体構造と機能を分子レベルで解析するために、計算化学的手法(分子動力学法やモンテカルロ法)が広く使われている。これらの計算では数百〜数千個の水分子を含んだ系を取扱うことができ、生体分子のみならずその周りに存在する水和水の挙動に関する知見が得られる。しかしながら、系の正確なエントロピーの計算は膨大な計算時間を必要とし、非常に困難とされている。水溶液中で起こる生体分子反応を自由エネルギーの観点から理解するためには、水和/脱水和に起因するエントロピー項を定量的に取り扱うことが不可欠である。本研究課題では、分子軌道計算により水溶液中における分子認識を精度よく予測できる計算モデルを確立し、特定の核酸塩基配列やアミノ酸配列を認識・結合する新規なプローブ分子の設計に応用することを目標としている。本年度は、1)小分子系の熱力学的に安定な水和構造の探索、2)低分子系の水和/脱水和自由エネルギーの算出、および3)分子間相互作用における排除体積効果の解析を行った。 その結果、1)分子力学・分子動力学計算により得られる標的分子の水和クラスターのいくつかのアンサンブルを初期構造とし、これらを分子軌道計算により構造最適化した後、系全体の自由エネルギーを求める手法が計算モデルとして有用である、2)水分子1個あたりの水和エントロピー変化量は水和殻ごとに異なる傾向がある、そして、3)分子間相互作用におけるエントロピー変化量は振動項からの寄与が大きい、また、溶媒(水)分子を含まない系でエネルギー的に不安定な立体構造が、多数の溶媒分子を含む系では安定な構造になりうることを見出した。 本年度の研究結果より、本研究課題で採用した計算モデルは水溶液系の分子間相互作用の解析に有効であることが示された。
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