加齢に伴う脳機能低下の主要因の一つとして神経可塑性の低下が考えられている。記憶学習に関わる海馬神経での長期増強(LTP)の低下がその代表例であるが、運動制御に関わる小脳の可塑性については老年性変化の知見が乏しい。そこで、マウス小脳皮質の平行線維-プルキンエ細胞樹シナプスで見られる一酸化窒素(NO)依存的なシナプス増強(平行線維シナプス増強)に着目し、若齢マウスと老齢マウスの急性小脳スライス標本で比較した。頻回刺激で誘導される平行線維シナプス増強は若齢動物と比べ老齢個体で顕著に抑制されていた。興味深いことに、若齢動物においても小脳スライスを酸化試薬で前処理すると可塑性応答の阻害が見られた。平行線維シナプス増強はNO依存的かつ可溶性グアニル酸シクラーゼ非依存的であることから、何らかの機能性蛋白質におけるチオール基のS-ニトロシル化が関わると想定される。実際、若齢マウス小脳スライスへのNO供与体添加により小脳蛋白質のS-ニトロシル化が亢進するが、酸化試薬で前処理したスライスおよび老齢マウス由来のスライスでは、このNOによるS-ニトロシル化レベルの上昇か顕著に阻害された。以上の結果は、1)加齢に伴い小脳プルキンエ細胞における平行線維シナプス増強にも明瞭な低下が見られること、2)そのシナプス増強に必要とされるNOによる蛋白質のS-ニトロシル化は酸化ストレスによりブロックされることを結論づける。そして、これらの結果は、加齢に伴う酸化ストレスの蓄積が蛋白質のS-ニトロシル化修飾を阻害することにより、NO依存性の機能発現がブロックされることを強く示唆する。
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