運動学習の成立のためには、運動のエラーに関する情報が必要である。脳はこの誤差情報を元に、次の運動をどのように変えるべきかを教示する「学習信号」を作り出す。この学習信号が運動制御回路のどこかに可塑的変化を引き起こし、その結果運動指令が修正され、より正確な運動が実現される。しかしながら、随意運動の学習を導く学習信号の脳内起源、伝達経路に関する知見は少なく、その解明はシステム神経生理学の大きな課題の一つである。本研究課題は、視覚目標への視線移動であるサッケードの運動学習(サッケード適応)をとりあげ、この問題に取り組むものである。研究代表者らの先行研究から、サッケード適応をガイドする学習信号の起源として上丘が示唆された。学習信号が上丘から出力され適応部位(小脳皮質)に至るとすれば、サッケード直後の上丘電気刺激により学習信号を人工的に作り出し、適応を誘発することができると予想される。平成20年度の研究では、この予想を検証した。水平にジャンプする視覚目標を眼で追うよう訓練したアカゲザルの上丘中間層に金属微小電極を刺入し、サッケード終了から50ms後に電気刺激を加えた。刺激強度はサッケードの直接誘発閾値の80-90%程度(つまり閾値下)とした。右(左)サッケードと上丘刺激のペアリングを繰り返すと、右(左)サッケードの終点が徐々にシフトした。終点シフトは刺激した上丘の対側に向かっていた。刺激とペアリングしなかった向きのサッケード終点には明らかなシフトは見られなかった。左右のサッケードと左(右)上丘刺激のペアリングを繰り返すと、左向きサッケード・右向きサッケードともにその終点が右(左)に移動した。これらの結果は上記の予想と一致するもので、上丘がサッケード学習信号の起源であるとの仮説を支持する。
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