哺乳類の歩行の際の駆動力を生み出す基本的な筋活動パターンは脊髄に局在する神経回路網で形成される。しかしどのような神経機構によってこのパターンが生み出されているのかはほとんどわかっていない。本研究では、遺伝子改変マウスを用いて歩行運動の際の左右の後肢、および屈筋・伸筋の交代性のパターンの形成に重要な役割を担っている脊髄抑制性ニューロンの局在と電気生理学的性質、および軸索と樹状突起の形態を明らかにすることを目的としている。本研究計画三年目の平成22年度は、GABA作動性抑制性ニューロンが特異的に蛍光色素蛋白質green fluorescent protein(EGFP)を発現するGAD67-EGFPノックインマウス新生児の脊髄摘出標本において、腰髄腹外側に局在するGABA作動性抑制性ニューロンの電気生理学的性質、および運動回路網における機能を解析した。このうち反回抑制回路を構成するRenshaw細胞は運動出力の利得を調節していると考えられている。すなわち、中枢神経系からの最終出力経路である運動ニューロンへの入力と運動ニューロンからの出力の比を調節しているとする仮説が有力視されているが、現在、その神経生理学的基盤は乏しかった。本研究では、脊髄の神経回路網の活動により運動ニューロンが興奮したときにRenshaw細胞がどのように制御されているかを解析した。この結果、Renshaw細胞は高頻度の持続的な抑制性シナプス入力を受ける一方、自発的な興奮性シナプス入力は比較的少ないこと、さらに運動ニューロンの興奮の大きさとRenshaw細胞への抑制性入力の大きさは正の相関を示すことが明らかになった。この結果は運動出力の大きさに合わせてRenshaw細胞による運動ニューロンへの反回抑制の大きさが調節されていることを示唆しており、上記仮説の神経基盤となると考えられる。
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