心臓の拍出量は、心室拡張終期の容積とともに増大する(スターリングの心臓法則)。スターリングの心臓法則は、心筋の発生張力が筋長とともに増大するという「筋長効果」に基づいている。筋長効果は、心筋の収縮構造(サルコメア)に備わっている重要な内因性の調節機構であるが、その分子メカニズムは未だに解明されていない。我々は、巨大弾性タンパク質タイチン(コネクチン)の伸展に依存した静止張力が格子間隔を縮小させ、クロスブリッジの形成確率を上昇させることを報告している。昨年度、細いフィラメントの協同性が筋長効果の調節に関与している可能性を指摘した。ところで、心筋・骨格筋いずれも、外因性にMgADPを加えると、細いフィラメントの協同性が増大してクロスブリッジの形成が促進するが、無機リン酸(Pi)を加えると、細いフィラメントの協同性が低下してクロスブリッジの形成が抑制される。今回、申請者らが独自に開発した細いフィラメント再構成手法にMgADPやPiを組み合わせ、細いフィラメントの協同性が筋長効果を調節している分子メカニズムを詳細に検討した(標本は、昨年度と同様、除膜処理したブタ心室筋を用いた)。筋生理学においては、協同性を正確に表現する力学パラメータは未だに確立されていないが、申請者らは協同性を「情報伝達の速度」と解釈し、収縮速度をその指標とした。結果、申請者らは、筋長効果と収縮速度との問に負の相関があることを見出した。すなわち、協同性が上昇すると、潜在的に力を発揮し得るクロスブリッジ(recruitable cross-bridges)の数が減少し、筋長効果が減弱するものと解釈された。この実験結果を基に、筋長効果を定量的にシミュレートできる数理モデルの開発に着手した。
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