本研究の目的は、スポーツにおいて経験する可能性のある意味生成の内容や生成のプロセス・要因について理論的に検討することである。本年度は、矢野理論の教育学における評価とダブルバインド理論の信頼性を確認し、その検討結果に基づいて意味生成プロセスのモデルを構築し、これをスポーツの意味生成体験に適用することを試みた。 意味生成は、個のシステム(I)とそれが多数集まって構成されるより上位の社会システム(II)、さらに両者をともに包摂するエコシステム(III)という三つのシステムのうち、(I)のシステムが通常では見通すことのできない(III)システム(開在性、否定性及び潜在性を特徴とする)と邂逅することで発生する。そして、その邂逅がダブルバインド状況において起り易いことを確認した上で、通常社会システムの中で発達課題に取り組む教育とは異なり、自らが意味を見出すことを主眼とする生成としての教育の新規性やこれからの教育にとっての可能性を確認した。 また、見通すことのできないエコシステムには、措定される必要のない、また、あらゆるものの背後に沈黙したままの<存在>との共通性が認められることから、その<存在>へのアプローチを可能にし、可逆性をもつ<肉>の概念の検討を通じて、スポーツにおける意味生成の体験が<肉>を経由して、溶解体験(例えばテニスのストロークにおいてスィートスポットに当たる体験は、ボールとラケットと自らの身体が一体化したような体験)として立ち現れることを明らかにした。<肉>は、運動の能動的側面と、外界(エコシステム)を感受する受動的側面が切り替わる瞬間を生み出しており、こうした体験の重要な構成要素といえる。これらの知見は、体育学におけるスポーツ体験の重要性を従来の体力づくりや技能向上とは異なる側面から主張するものである。
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