宇田川榕菴による西洋化学受容の実相解明のための第一歩として、今年度は、杏雨書屋において所蔵されている宇田川榕菴の化学関係の自筆稿本の調査に着手した。そのなかで、アルカリ土類金属について記された「舎密加第一書土類一巻」と「土類舎密加」、および金属に関して記された「金属舎密加一巻」の内容を調べ、その原典の推定を行った。その結果、これらの自筆稿本の主要な原典の一つは、イペイ(A.Ypey)によって著されたSijstematisch Handboek der Beschouwende en Werkdaadige Scheikundeよびその訂正・増補版であるVerbeteringen en Bijvoegsels tot het Sijstematisch Handboek der Beschouwen en Werkdaaige Scheikundeであることが判明した。「土類舎密加」に関しては、このイペイによって著された書物以外にも、複数の原典の存在をうかがうことができたのに対し、「舎密加第一書土類一巻」の方の原典は、大半がイペイからの翻訳ないしは要訳であった。しかも部分訳ではなく、ほぼ全訳に近い箇所も少なからず見出された。そして、このうちの一部が『舎密開宗』に転載されていることも明らかとなった。西洋の化学に関しての膨大な知識が記載されている宇田川榕菴の『舎密開宗』に記載されているよりもはるかに詳しい化学的知識を、榕菴が有していたことも判明し、彼の化学受容の様子を解明するための、大きな手がかりを得ることができた。
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