京都市の旧伏見城の周辺にあった廃寺の墓地で京都市埋蔵文化研究所が2005-06年度に発掘した約600人分の江戸時代人骨(伏見人骨資料)を研究対象として、自然人類学の研究手法で多角的に分析することで当時の人々の人物像や生活像などに関する各種の情報を収集する実務作業に当たってきたが、この年度は、そうした基礎資料を統計学的に集成整理し、とりわけ齲歯変や梅毒変や加齢的椎骨病変などの疾患像を呈する人骨を詳細に調査することで、それらの疾患を煩った者たちの割合を明らかにした。さらに古人口学的なシミュレーションと解析により、京都町民層の年齢別性別死亡率、出生児平均余命(いわゆる平均寿命)、15歳時や20歳時の平均余命、生命表などを算出した。すくなからずの研究成果を達成できたが、めぼしい事項を列記すると以下のようになる。まず特記すべきは齲歯率についてであるが、その出現頻度が非常に高く、一人平均で9.8本と推定できた。この値は現代日本人よりも高い可能性が強く、江戸の江戸時代町民よりも2倍程度高いことが判明した。その理由を明らかにするのは今後の検討課題であるが、砂糖の消費量の増加やその地域差などと関係した可能性が指摘できよう。骨病変としては、ことのほかトレポネマトーシス様の変化が多く記載された。おそらくは梅毒性のものであろうと推測した。検査可能な人骨56人分中、実に19人分で検出されたのである。おそらくは、この病気が日本に侵入した江戸時代には猖獗をきわめ、多くの町民の人々を蝕んだのであろうと考察した。いわゆる平均寿命、つまり出生児平均余命の値は、全体人口で37歳程度、男性人口で41歳程度、女性人口では32歳程度であると算出された。高齢に達する者も全体の5%ほど存在したが、乳幼児の死亡率が非常に高く、そのために生じた現象である。これらの研究成果は、日本近世史や江戸学などの歴史的方法によって示される江戸時代の町民像に関する通説を人類学的に検証、反論、補強するための定量的な数値情報を提供するわけだが、そうした考察が次年度の研究目標となる。
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