京都市にある旧伏見城の周辺に存在した廃寺の埋没墓地で、2005-06年に、京都市埋蔵文化財研究所が発掘した少なくとも630人分の江戸時代町民人骨(伏見人骨資料)を研究対象として、自然人類学の研究手法で形態学的に分析をすることで、可能な限りの人骨について性別と死亡年齢を確定するとともに、死亡要因や疾病と骨折等についての生前履歴を推測した。それらを古人口学の観点で分析することで、年齢別および性別死亡人口、生存曲線、生命表などを明らかにした。さらに同人骨資料のうち、保存状態が良い個体を対象にして、炭素と窒素の安定同位体を測定し、個々の人骨についての食性分析を行った。 めぼしい研究成果を記すと以下のとおりである。まず年齢別性別死亡人口の特徴として、乳幼児死亡率が非常に高率で20%近くに達すること、女性の死亡率は20-30歳代の壮年期で高く男性の死亡率は40-50歳代の熟年期で最大となること、されども60歳以上の高齢に概ね15%の者が達することなどが判明した。乳幼児の死亡要因としては流行病が想定でき、壮年女性の死亡要因として周産期クライシス、熟年男性のそれでは梅毒疾患が演繹できた。いわゆる平均寿命、つまりは出生児平均余命の値は非常に低く、全体人口で37歳程度、男性人口で40歳程度、女性人口では32歳程度であると算出された。これらの人口学的パラメータは驚くべく数値ではなく、宗門人別帳などの分析による歴史人口学的データともよく合致した。 いずれにせよ、本研究で明らかにされた人類学的、古病理学的、古人骨学的成果は、日本近世史や江戸学などの歴史学的研究方法によって示された江戸時代の町民像に関する通説を検証、反論、補強するうえで、きわめて実証的かつ定量的な価値ある数値情報を提供するものと評価できよう。
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