乾燥かつ寒冷な気候環境の中、モンゴル高原では数千年にわたって遊牧が行われてきた。牧民は草と水を求めて家畜と共に季節的に移動する。近年、その移動が、土地への負荷の分散や自然災害からの回避につながるとして、遊牧の持続可能性が再評価されつつある。筆者らは遊牧に関する経験知を科学的に検証することを目的に、モンゴル国北部の森林草原地帯にあるボルガン県で、気象学的、生態学的、人類学的調査を実施している。平成21年度は、冬営地と夏営地での気象観測より、家畜にとっての気象条件が夏営地のそれより、冬季にいかに有利であるかを検証した。結果は以下の通りである。 1)冬季に冬営地と夏営地の間では、頻繁に逆転が起きていることが明らかになった。つまり丘の中腹にある冬営地の方が、谷底付近にあり標高の低い夏営地よりも暖かい。逆転は夜間に顕著だが、厳冬期は日中でも逆転が起きていて、冬営地がより暖かいことを示す。 2)夏営地の方が冬営地よりも強い風が吹く事例が多く、これは牧民が風を避けて山影に冬営地を設置するという経験知と一致する。一方、夏営地では微風あるいは無風の事例も多い。斜面上にある冬営地では上方からの微風が吹き続け、夏営地に比べて冷気が溜まりにくい可能性がある。 3)風速と気温の関数である体感気温からみると、冬季にヒツジの採食が不可能になる事例が冬営地では1割に留まるが夏営地では4割となる。牧畜気象学的には、冬季は冬営地の立地が夏営地よりも好条件であることが定量的に明らかになった。
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