研究概要 |
本研究の目的は,優れたスポーツ選手の特徴の一つである「状況の変化に応じて実行中の運動を柔軟に修正できる能力」を向上させる認知トレーニングを開発することである.そのため,本年度の研究においては,熟練者の優れた運動修正技能を支える認知的メカニズムを明らかにするために,運動の再プログラミング過程に焦点を当てて脳活動の測定を脳波により行った. 急激な加速と減速を伴う一致タイミング課題では,野球熟練者は減速状況においてのみ初級者よりも顕著に高いパフォーマンスを示し,この際に右前頭部優位の高い脳波活動を示す.この部位は,反応抑制機能を司る脳領域であることから,熟練者の減速に対する優れた運動修正技能が高い抑制機能によって可能になっていることが昨年度の研究で明らかになった. そこで,抑制の強さを規定する要因を明らかにするために,今年度は減速前後の脳波成分について分析を行った.その結果,速度変化前のCNV,および,速度変化後のNd400成分が熟練者において顕著に観測された.CNVは,定位や注意を反映する早期CNVと運動準備を反映する後期CNVに分類される.これらの成分の増大は,抑制力を高めると考えられているが(Jonkman, 2006),本研究においては,抑制を反映すると考えられるNd400との関連は見られなかった.これらを踏まえた場合,強い抑制が高いタイミング修正を可能にするが,この抑制の強さは事前の運動準備に誘発されるものではないといえる.一方,Go/Nogo課題ではN200成分は葛藤モニタリングに関わるとされている.本研究においては,N200成分が熟練者において顕著に増大しており,Nd400と高い相関(r=.77)を持っていた.よって,準備された運動と必要とされる運動の差異の大きさが強い抑制を引き起こしている可能性があることが示唆された.
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