本研究の目的は、電磁界が生体に対して「無害」なのか「有害」なのか「有益」なのかを、細胞、遺伝子発現レベルで明らかにすることである。昨年度までの研究で、送電線や家電製品から漏えいしている電磁界の磁束密度よりも約100倍高い、5ミリテスラの極低周波電磁界ばく露下でインスリン分泌細胞をサイトカイン処理したところ、極低周波電磁界をばく露しない場合と比較して、サイトカインによる細胞活性の低下、インスリン含量の低下が増大することが確認されていた。今年度は、この現象をさらに詳細に検討するために、磁束密度1ミリテスラでの検討と、5ミリテスラにおいて、サイトカインによる細胞障害に関連するシグナルのmRNA発現量を評価した。 インスリン分泌細胞株RINm5Fをサイトカイン(インターロイキン-1β+インターフェロン-γ)で3日間処理し、その間60ヘルツ1ミリテスラの極低周波電磁界をばく露した。ばく露後、細胞活性(WST-1 assay)、細胞内インスリン含量(ELISA法)を評価した。また、60ヘルツ5ミリテスラの極低周波電磁界をばく露下で、細胞を1~3日間サイトカイン処理した直後のinducible nitric oxide synthases (iNOS)、Mnsuperoxide dismutase (MnSOD)、catalase、glutathione peroxidase mRNAの発現量を半定量リアルタイムRT-PCRによって評価した。 その結果、1ミリテスラの極低周波電磁界ばく露では、5ミリテスラで確認されたような、サイトカインによる細胞活性の低下、インスリン含量の低下の増大は確認されなかった。半定量リアルタイムRT-PCRの結果、5ミリテスラの極低周波電磁界ばく露によって、サイトカイン処理によるiNOS、MnSODの発現量変化には変化が見られなかったが、catalase、glutathione peroxidase mRNAの発現量変化の減少が見られた。これらの結果は、極低周波電磁界は、サイトカインによって誘発される細胞障害を、細胞に有害な活性酸素・窒素種を減少させるcatalase、glutathione peroxidaseの発現量を減少させることによって増大させること、細胞障害の増大が生じる磁束密度には閾値が存在することを示している。
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