化学発がん過程で発生する初期病変および腫瘍性病変におけるシグナル伝達物質の細胞内局在および発現量を個別の細胞レベルでイメージング解析することにより、生体内での細胞内/細胞間シグナル伝達系の変化を包括的に捉え、発がん促進あるいは抑制メカニズムの解明を目指す。本年度は、ラット大腸発がんモデルの病変を対象とし、β-カテニンとサイクリンD1を多重蛍光染色により同時検出し、組織切片上のシグナルを細胞単位で定量解析した。蛍光色素として、β-カテニンにはFITC、サイクリンD1にはAlexa-568、細胞核にはDAPIを用いた。3CCDデジタルカメラでRGBの各画像を記録し、個別の細胞の認識ならびにRGB各染色像を多層化して解析可能なイメージング装置(Developer、Definiens社)により、正常粘膜および腺腫/腺がんの細胞核/細胞質におけるβ-カテニンおよび細胞核におけるサイクリンD1の蛍光輝度を比較した。その結果、主として細胞質にβ-カテニンが蓄積している細胞ではサイクリンD1が高頻度にみられるが、β-カテニンが細胞核に過度に蓄積している細胞ではサイクリンD1は検出されなかった。従来の培養細胞を用いた研究では、大腸発がん過程においてβ-カテニンは転写因子として働き、細胞増殖に関わるサイクリンD1などの発現を亢進するとされ、パラフィン切片を用いた免疫組織化学でも細胞質あるいは細胞核へのβ-カテニンの蓄積が発がんに寄与していると理解されてきた。しかし今回の検索により、β-カテニンの細胞核への過剰蓄積によりサイクリンD1の発現が低下する可能性のあることが明らかになり、負の調節系の存在が示唆された。 本研究により、in vitroで明らかにされたシグナル伝達機構につき、in vivoの発がん過程で実際的にどのように寄与しているかを関連づける画期的な技術の確立が可能になると考えられる。
|