本研究の目的は、「フォーマル・セクターの正規雇用を喪失したインドの失業者が、長期的な生活設計を構築するための方策」を検証することである。今年度は、2000年に全労働者を早期退職させて閉鎖した工場の元労働者とその世帯を対象に、デプスインタビューを実施した。対象工場は閉鎖手続きから退職関連の給付金支給まで労働法規をすべて遵守しているため、正規の手続きを経た「恵まれた」失業になる。失業後10年が経過しているため、03-04年に実施したインタビューのデータと合わせて中期的な影響を考察した。その結果明らかになったことは以下の通りである。(1)退職関連の給付金を元手に起業または投資を行っていた世帯は、2件を除きすべてが経営不振等により廃業していた。残りの2件も純益はほとんどない。専門的な知識がないまま起業や投資をしたためである。彼らは新たな生活に必要な資金を喪失し、生活水準が低下している。セーフティーネットとして、安価で継続的な起業・経営相談が必要である。(2)04年以降、経済状況が向上していた世帯は、フォーマル・セクターで就労する子どもが主たる生計者になっている世帯である。退職関連の給付金や親族からの経済的支援が子どもへの教育投資になり、高い教育が安定した職の獲得につながった。(3)元労働者も、その子どもも、姻戚関係が重要なセーフティーネットになっており、中長期的に大きな影響を持つと思われる。(4)失業時に持家があったかどうか、自宅が再開発の対象になっているかどうかが、生活基盤の安定性や私的なセーフティーネットであるコミュニティ・ネットワークの構築・維持に大きな役割を果たしている。今後、失業した経緯の異なる他工場の元労働者のケースと比較し、失業後のセーフティーネットについて検討したい。
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