本研究は、2001年9月11日の米国同時テロ事件以降、著しく変容する海外からの送金パターンがパキスタン経済に与える影響を分析することを目的とする。本年度はこれまでに入手した二次データおよび家計レベルでの定量的な調査データの取りまとめを行った。その結果、非常に興味深い米国からの送金とパキスタン経済の関係性が認められた。まず米国からの送金量のトレンドであるが、本研究が開始した時点では継続的な増加傾向が示していたが、その後、送金量は伸び悩んでいる。一方で、中東石油産出国の出稼ぎ労働者からの送金量は大幅に増加し、2010年にはUAEやサウジアラビアが米国の送金量を上回った。それまでは2002年度以降、米国からの送金量が最大であった。パキスタン全体に占める米国からの送金の地位は低下傾向にあると判断できる。この変化の背景には、パキスタンおよび米国の経済事情が大きく影響している。パキスタン経済はムシャラフ政権末期よりの経済停滞が継続し、2009年度にはGDP成長率1.2%という数十年来の低い経済成長を記録した。またインフレにより市民の生活(特に低所得者)は疲弊した。 一方、米国経済は2008年秋のリーマンショック以降の景気後退から抜け出せていない。中東石油産出国への出稼ぎ労働者は、主にパキスタンの低所得層が中心であり、彼らの送金の動機はパキスタンに残している家族の生活水準向上である。パキスタン経済の景気が後退し、低所得者を中心に生活が困窮しているときこそ、送金を増やす傾向となり、近年の中東諸国からの送金増加が説明される。一方、米国への移住者は比較的富裕な家計出身が多く、送金は経済的な利潤の追求が動機付けとなっており、中東出稼ぎ労働者のそれとは異なる。パキスタン経済の景気後退により、経済機会が縮小し、一方、米国の景気後退による送金に回す所得の不足という二つの要因により、米国の送金量の絶対的、相対的低下が説明される。
|